お金の心配をせずに終の住処を

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うちのおばあちゃん今年90歳になる私の祖母が京都市内の養護老人ホームに入居しました。
事の発端は40年以上祖母が住み続けた借家が老朽化を理由に解体されるという話でした。祖父は10年以上前に亡くなっており、以来、祖母は一人暮らしをしていました。祖母は要介護1で、介護を受けないと生活できないという状態ではなかったのですが、衛生状態を保つことなどが難しくなっており、冷蔵庫からカビだらけの食材が出てきたり、タンスの奥に使用済みの下着が大量に詰め込まれたりするなど、一人暮らしを継続するには少し心配な状態でした。

引っ越しを余儀なくされた祖母ですが、日常生活に多くの介護が必要な状態ではないので、特別養護老人ホームには入居ができません。
しかし、高齢なこともあり、一般の賃貸住宅も難しく、また唯一の収入である年金が1ヶ月45000円程度と金銭的にも余裕がない中での引っ越し先の選定になりました。まずは軽費老人ホーム(ケアハウス)が妥当ではないかと、市内のあちこちのケアハウスを回りました。年齢のことを考えると近い将来、介護が必要になる可能性があったので、特定施設入居者生活介護を受けることができる特定施設を探しました。特定施設に指定されているケアハウスであれば、介護スタッフやケアマネージャーさんが施設内にいるため、本人はもちろん家族としても安心できると考えたからです。
しかし、祖母にとって良い環境であると思えるケアハウスは、どこも定員いっぱいですぐには入居できる状態ではありませんでした。解体による退居の期限が決まっていたので、入居を待つ待機者として登録するわけにもいかず、結局、もともと住んでいた地域の人間関係も大切にしたいと考え、近くの高齢者専用の賃貸住宅に入居することを決めました。

引っ越し先が決まったものの、40年近く住んだ借家は先代からの多くの物で溢れており、とにかく整理をして必要なものを選択するという作業がとても大変でした。もともと祖母をはじめ4人が生活していた2階建ての借家から、1LDKほどの部屋へ引っ越すとなると持っていける荷物はかなり制限されます。高齢の祖母にとっては「引っ越し先の生活に必要か必要でないか」を考えるだけでも相当疲れることであり、一人では引っ越し準備はできなかったと思います。私や私の夫も手伝って、なんとか引っ越すことができました。
新居は新築でモダンなマンションだったので、祖母がそれまで住んできた古い借家と雰囲気がだいぶ違いました。自分の部屋に入るにも、オートロックのある共有玄関から建物内に入り、エレベーターに乗らなければなりません。オートロックなど使ったことのない祖母には、外出先から帰ってきて部屋に入るという行為だけでも、不慣れで不安が伴うものでした。環境の変化が大きいことで、認知症などが出るのではないかと家族としては心配していましたが、幸いにも祖母の健康状態などに変化はありませんでした。祖母の生きがいの1つであった、デイサービスの利用が継続できたことが要因であったようです。引っ越す前後で同じデイサービスを利用し、馴染みのスタッフの人に引越しのことや新生活のことをいろいろと聞いてもらえて、ストレスも最小限にとどめられたのだと思います。

ヘルパーさんところが、その賃貸住宅はやはり月々の家賃、管理費などを合わせると20万円近くの費用がかかり、祖父がコツコツと貯めてきたお金があっという間になくなっていきました。
さらに、その賃貸住宅は介護スタッフが常駐しているわけではなく、ホームヘルプなどの介護保険のサービスは外部の業者にお願いしている形でした。将来的に在宅生活が難しいレベルにまで介護が必要になった場合、退居しなければならない可能性もあり、祖母はいつもこのことを心配していました。
また、「安否確認」を兼ねて1日3食スタッフが食事を部屋に持ってきてくれるのですが、そこでの会話は少なく、以前より増して一人での時間に寂しさを感じるようになったようでした。「もし寝たきりになってしまってもここに住み続けられるのだろうか」、「このままだと命より先にお金が尽きてしまう」、そんな不安と寂しさから祖母の表情はいつもどことなく冴えず、家族が会いに行っても愚痴っぽくなっていました。
また、どことなく祖母の体から尿臭を感じるなど、少しずつ祖母の一人暮らし生活は難しさを増していた、そんな状況でした。

そこで引越しして2年ほど経った段階で、また次の引越し先を探すことになりました。そこまで介護を受けなければならないわけではない、自立度が高く比較的元気ではあるものの、日常生活の細々としたことが難しくなってきて一人暮らしをするには少し不安のある、しかしながらお金がない。そんな高齢者の住まいを探すのは本当に大変でした。
祖母の心配事のほとんどがお金のことだったので、思い切って養護老人ホームへの入居申し込みをしました。養護老人ホームとは自治体が「措置」という名目で入所を決定する施設であり、入所には環境上・経済的理由により自宅で生活する事が困難であるなど、一定の要件を満たさなければならない施設です。いわゆる特別養護老人ホームなどの介護保険施設とは違い、養護老人ホームの入所申し込みは、直接施設に申し込むのではなく、市町村に申し込むことになっています。そこで祖母の担当ケアマネージャーにも相談し、福祉事務所に連絡をとりました。
福祉事務所の職員が祖母の家を訪問することになり、私も立ち会いました。祖母の生活の自立度、これまでの生活歴、家族構成、経済状況などいろいろなことを聞かれました。
特に、経済状況へのチェックは厳密なもので、預金通帳もコピーをして提出することが求められました。養護老人ホームは環境・経済的にある程度「困っていること」が入所の要件になるわけですが、祖母は初対面である福祉事務所の職員の方にそれを伝えることが難しく、「日常生活全てのことは自分でできるし、そこまで困っていることはありません」とか「夫が残してくれた財産があるので」と、つい見栄や虚勢をはるような発言もありました。
介護保険制度の申請に関わる認定調査の際にも同じことが言えますが、高齢になって「できないこと」や「困っていること」を自分で認めて受け入れた上で、人に伝えるというのは酷なことです。家族である私が立ち会ったことで、祖母の生活の様子、住まいの問題について正確に福祉事務所の方に伝えることができました。
福祉事務所の方からは「入所要件を満たすかどうか審査があるので、まずはその結果を待っていてほしい」と言われ、数日後に連絡が来ました。無事に祖母は入所要件を満たしたとのことでしたが、京都市内のどこの養護老人ホームに入れるかはまだわからないと言われました。養護老人ホームはどの施設も京都市内の中心部からは離れたところにあり、どこに入所が決まったとしても、祖母がそれまで住んでいた地域からは離れなくてはなりませんでした。
「馴染みの人間関係や住み慣れた地域での生活を失うことになるけど、それでもいい?」と私が尋ねると、祖母は「お金の心配をせずに終の住処が見つかるなら、それでいい」と答えました。
その後、運良く福祉事務所から施設の空きが出たという連絡が入り、私は祖母を連れてすぐに見学に行きました。

空きが出たという養護老人ホームを尋ねてみると、とても古い建物で、明るく清潔なイメージを持つのが難しい雰囲気でした。1人1人に割り当てられた部屋は相部屋で、4畳半ほどの部屋に2人の高齢者が生活していました。4畳半ほどの部屋に高齢者用・介護用のベッドを2つ置くと、それだけでほとんどのスペースを使ってしまいます。持ち込める荷物も押入れ半間分くらいのスペースで、仏壇など到底置けるようなスペースはありませんでした。それでも祖母は、特に拒絶するような態度はなく、「ここに住めるならいい」ということで、すぐに入居が決まりました。建物が比較的新しく、広々とした個室で生活できる別の養護老人ホームも市内にありましたが、中心部からの距離が遠く、祖母にとっては「辺鄙な場所」というイメージがあり、さらにいつ空きが出るかわからないとのことだったので、やむをえない選択でした。
もともと住んでいた借家から賃貸住宅に引っ越す際に荷物を厳選して持ち込んでいましたが、養護老人ホームへの入所が決まるとさらに荷物を減らさなければなりませんでした。いつも身なりに気を遣いオシャレな祖母でしたが、衣服だけでなく帽子やかばんなど、祖母のお気に入りのものを全て持ち込むわけにもいかず、とても心苦しい引越準備でした。家族としても「90年という長い歴史を生きてきて、たったこれだけの荷物しか持ち込めないのか」と複雑な気持ちでした。

112389無事に養護老人ホームに入居し、祖母の新しい生活が始まりました。似たような境遇のお年寄りに囲まれて、さらに24時間介護スタッフがおり、いつでも相談員の方に話を聞いてもらえる環境。3度の食事もできたてのバランスの良いものが提供され、食堂で他の入居者の方と一緒に食べることができます。外出はいつでも自由にでき、時にはスタッフや入居者の方と外食をしたり日帰り旅行に行ったりするイベントもあります。祖母は入所直後こそ少し精神的に不安定になった時期がありましたが、すぐに慣れて昔の明るい表情を取り戻していきました。

施設内の軽い掃除や食事の献立書きなどの役割を与えてもらい、祖母にとって居心地が悪くならないような様々な配慮がなされていました。施設内に寝たきりや認知症の方もおり、祖母も「自分が仮にこのような状態になってもここにいていいんだ」という安心感を持つことができたようです。
家族としては祖母の衛生状態が気になっていましたが、入所後は入浴の際には必ず肌着を交換してもらえ、入れ歯の手入れなどもスタッフの見守りがつくようになりました。一人暮らしの時には「そんなに汚れてない」と言い張り、なかなか交換しようとしなかったシーツ類も、祖母が部屋にいない隙にスタッフの方が交換してくださいます。入所前は家族がいくら説得しても「お気に入りの衣服が傷んだらどうしてくれるんだ」とドライクリーニングを利用しようとせず、シミがいくつもあるような衣服を着ていた祖母ですが、入所後はいつも綺麗な身なりをしています。ヘアスタイルも祖母らしい形に整えられていて、面会に行くたびに祖母が若返っているような、そんな印象すら持ちます。
4畳半で2人という相部屋は、基本的には就寝時しか利用していないとのことで、テレビのあるリビングスペースなどで余暇の時間を過ごせているようです。もっとも本人が心配していた経済面では、養護老人ホームは経済状況などに応じて入居費用を行政がサポートするシステムになっているので、1ヶ月45,000円の年金でも十分に生活できており、少し余っているくらいです。「自分が死んだ時、せめてお葬式代くらいは出せるようにしたい」とよく口にしていた祖母ですが、そうした心配からも解放されたようです。入所前は「もう十分に生きたし、死にたい」とか「これから先のことにいろんな不安があって苦しい」と口にすることがあった祖母。今では「100歳まで生きる」と宣言してくれています。私の子ども、つまり祖母から見ればひ孫に当たりますが、子どもを面会に連れて行くと「かわいい、かわいい」と本当に喜んでくれます。子どもの方から「ひいおばあちゃんとご飯が食べたい」などと言うことがあり、みんなで年に数回、外食に行っています。「長生きするも悪くない」と柔らかな表情の祖母がそう話すのを聞いて、こちらも嬉しい気持ちになります。
ホーム「寝たきりになっても、認知症になっても、私はここに住み続けられるんだ」と確信を持てること、住環境について不安がないということがここまで人の表情を変えるとは思っていませんでした。祖母にとっては馴染みの人間関係や住み慣れた地域での生活、これまでともに人生を歩んできた思い出の品々を失う結果になりましたが、それでも今の祖母を見ていると、施設に入所してよかったと思います。

祖母のような「自立度は高いが、日常生活に不安があり、経済的にも苦しい」という高齢者が、それまで暮らしてきた住居を失うというのはとてつもない試練です。現在、「サービス付き高齢者向け住宅」が急増し、高齢者の住まいの受け皿として期待されていますが、経済的にも負担が大きく「終の住処」として機能するには難しいものだと思います。祖母が入所した養護老人ホームという施設は、ニーズがかなりあるにもかかわらず、行政の財政難による「措置控え」があるとも言われており、定員割れを起こしているところが少なからず存在します。過去5年、新たに養護老人ホームに入居した人が1人もいないというような自治体もあるそうです。高齢者にとっての「最後の砦」とも言える養護老人ホームが、もっと活用されると良いなと思います。

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